檀れいプロフィールと オーラの泉&ブログwiki







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文春の見出しでさも檀さんが
「私を誰だと思っているの!!」とインタビュー中に
言ったかのようなものがあったので、読んでみた。

特集名は「女優ってやつは」となっていたが、はっきり
いって読んだ感想は、「週刊誌って、やっぱりこんなもん?」
・・・と言う感じですね。

憶測で書いて売ろうとしてる・・・
  
檀れいプロフィール
「順風満帆」という単語がピッタリの彼女が宝塚出身は
ご存知かと思うが、実は宝塚時代の彼女は
「順風満帆」というには程遠い存在だったようです。

高校時代、あまりレッスンも受けずに宝塚を受験し
1回で見事合格した彼女。そこまでは順調だったが
2年間の宝塚音楽学校での生活を終え、1992年に
めでたく宝塚歌劇団へ入団した際、同期40名の中で
成績は最下位だったようです。

宝塚はある意味非情とも言えるシステムを採用して
いて、劇団発行のあらゆる印刷物に掲載される順位は
芸名順ではなく必ず成績順・・・
  
ダンスや声楽、演劇などの試験の結果によって
決められる順位がファンにも一目瞭然の中で
彼女はビリの屈辱・・・涙

でもでも持ち前の美貌と体当たりの演技で徐々に存在感を
発揮した彼女は、1999年、いわばゴボウ抜きするような形
で娘役のトップへと大抜擢。

さらに中国公演の際には「楊貴妃の再来」とまで呼ばれ
大絶賛を受けるまでになった。

宝塚というところは成績が良ければトップになれる
というわけではなく、常に「スターとしての華」
というものが要求される宝塚だが、それでも成績最下位
からのトップ就任は異例中の異例でしたね。
  
江原啓之 インチキ霊視!? 
檀れいの「死んだ父親」が生きていた!

話題は宝塚音楽学校への進学へと及ぶ。
国分太一が「両親は反対されなかったなですか?」
と聞くと壇は「『自分の好きな道に進みなさい』
と小さい頃から言われていたので」とこたえる。

そこに江原氏が「ふふふ・・・・そうじゃないです」と・・・
「いえ、そうなんだけどそれは女の子と思ってなかった
からね・・・お父さんそう言ってるの」

「お父さんは寡黙な人だけど、寡黙にしてたのね
してただけで中身は要するにお見抜きですよ」

「だから『あぁ、また始まった。ま、思うようにやりなさい』と」
と亡くなった父な声を伝えた。

ところが、この放送を見た壇の出身地の人々から
疑問の声が噴出したのだ。
壇の高校時代の同級生が語る。「彼女が『オーラの泉』
に出るというので、楽しみにしていたんですが、江原さんが
『死んだ父親』を霊視しているのでびっくりしました。

壇さんのお父さんは、元気にこの町で生活していますよ!
なぜあのような話になているのか、まったく理解できません」

実は壇の母親は、壇が宝塚デビューを果たした後、離婚し
京都府出身の男性と再婚。

その義父が、交通事故で亡くなっている。
江原氏はいったい誰の声を伝えたのか。
こんなところで『霊視』のインチキが馬脚を表した



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カレンダ
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